巨匠アントニオブランコの人生を最も彩ったニロンジ

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バリ島ウブドに居住し、独特な画法で現地の若い画家らに大きな影響を与えた巨匠アントニオ ブランコ。その裏には彼の最愛の妻、才女ニ ロンジの支えがあったのだ。

ニ ロンジは、ウブドのプネスタナン村に生まれた極普通の村の娘だった。若い頃から舞踊に長けていた。更に、極めるために彼女はタバナンの舞踊の名手イ マリアの下で、踊りを追及した。その後、1953年イタリア人画家アントニオ ブランコと結婚。

踊りの師匠マリアへの感動と感謝の気持ちとして、ブランコとニ ロンジは、彼らの男の子に‘マリア’という名を付けることを合意した。その後、ブランコの言い方(マリアよりマリオに近い聞き取りによる)から、マリア改め、‘マリオ’とした。

2人が結婚してから、ロマンチックな時代を共に過ごすと言う恵みを受けた。始めはブランコは一人暮らし。デンパサール市街のような喧騒から遠く、村を包む大きな樹の茂みの中で絵に没頭した。そして、その後、最も彼を魅了した存在、それが妻であるニ ロンジだったのだ。最愛の人と共に暮らした日々。彼女は、様々な技能を持つ才女だった。踊りはもちろん、絵のモデル、当時仲良くなった要人インドネシア大統領スカルノやハリウッド映画のスター達との橋渡しまでやってのけたと言う。

しかし、このような派手な立ち回りばかりでなく、妻として、主婦としての仕事も手を抜かなかった。彼女は、外国人である夫と、現地ウブドの人々の間‘繋ぎ役’ともなり、完璧な女性であった。

ブランコとニ ロンジの間には4人の子供が生まれた。4人の内男児は1人で、彼が‘マリオ ブランコ’であり、父親の血を引いて画家として活躍している。

ニ ロンジは、2010年11月7日、ウブドのチャンプアンにあるブランコ美術館で最期の息を引き取った。

ブランコ美術館に行くと、ブランコの独特な絵画、それら一つ一つを囲むユニークな額縁、そして彼の根底にあるユーモアや最愛の妻への愛情が感じられる、やわらかな空気が流れている。

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via Sejarah Bali

#ニロンジ #アントニオ ブランコ#ウブド

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