1969年スハルト元大統領・ティン夫人が、ングラライ空港の正式開港

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バリ島の窓口ングラライ国際空港。多くの外国人観光客が利用する。この空港、実は1930年‘トゥバン空港’として、オランダが構築したもの。その後日本軍が取り上げ・・・歴史は深い。

元々、ングラライ空港は、1930年に、当時植民地としていたオランダの公共事業局が開港したもので、トゥバン村の墓地と空き地の間の草地から、全長700メートルの滑走路を構築した。場所がトゥバン村だったので、周辺住民は‘トゥバン空港’と名付けていた。

1942年南バリ滑走路が日本軍に爆撃され、やがて、この場所は日本軍の軍機や物資運輸の為に使われるようになった。爆撃した滑走路は日本軍が修理をし、土台に鋼板鉄鋼システムを使った。

その後5年間、1942-1947に、インドネシア共和国の独立を挟んで、滑走路に変化が起きた。始め700メートルしかなかった滑走路は、1.200メートルに拡張された。1949年にはターミナルビルが作られ、木造の簡素な管制塔も設置された。当時の飛行機間のコミュニケーションはモールス信号トランシーバーが使われた。

時代は流れ、バリ島の観光を後押しする為、インドネシア政府は、国際ターミナルビルを建て替え、滑走路を更に2.700メートルまで拡張した。この工事は国際空港レベルの空港建築としてトゥバン国際空港工事と呼ばれ、1963-1969年まで行われた。

建築終了を記念し、1969年8月1日、スハルト元大統領が正式に開港をした。そして、これまでの‘トゥバン空港’は、名称を新たに‘イグスティングラライ国際空港’が誕生したのだ。

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via Sejarah Bali

#バリ #国際空港 #トゥバン

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